ユーザー要求の多様化とペルソナ法

『自分の中で失った信頼を一部回復したSONY』の記事に ZACKY さんから以下のようなコメントをもらった。

ZACKY さんは書きました...

お久しぶりです.

起動時間もそうですが,最近思うのが,テレビやHDD レコーダーの電源をオンにするとテレビ番組がいきなり表示されるのに違和感を覚えています.

HDD レコーダーだったら録画リストの方を出してほしいし,テレビでも番組表を先に出してほしいです.いきなり見たくもない騒々しい番組を見せられるのにゲンナリしています.

それから,番号ボタンでチャンネルを切り替える機能,これも僕にとっては要らないです.こんなボタンをつけるぐらいだったら,一発でHDDレコーダーやDVDプレーヤーに切り替えるボタンをつけてほしいです.現状だと入力切り替えボタンを延々と押す必要があります.

顧 客要求については,僕もいろいろと,たとえばペルソナ法を中心に研究している最中ですが,なかなか難しい問題をはらんでいます.難しいと思うのは,顧客の 要望をそのまま機能化するのではなく,顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする部分だと思いますが,この部分の方法論を探しているところです.も し何か情報をお持ちでしたら,ご教示ください.

ユーザーの要求は多様化している。折しも、本日 25日 社長に就任したトヨタ自動車豊田章男社長は就任記者会見で、今後の経営指針として「マーケットに軸足を置いた経営」を掲げた。

世界各地域の市場特性に合致した事業展開を目指すもので、地域ごとに「攻めるべき分野と退くべき分野を見定め、経営資源を重点配置する」方針を示した。市場によってはトヨタの特徴でもあった商品の「フルライン」政策を見直すと明言、各地域で「必要十分なラインナップ」にしていくと語った。

このため、新経営体制では日・米・欧および新興諸国地域にそれぞれ副社長を地域責任者として張り付け、現地の実情に即した事業展開を図っていく構えとした。

ユーザー要求が多様化し、ソフトウェアができる範疇でものすごく広くなった。(なってしまった) だから、「ユーザー要求」だからということで、各方面での要求を機器に入れていくとあっという間に機能満載の使いにくい組込み機器ができあがる。

このことに気がついている日本の組込み機器メーカーはまだそれほど多くないと思う。どんな要求でもユーザー要求を機器に取り込むことができれば、お客さんは満足してくれるはずと思い込んでいる人は驚くほど多い。

そういう人は会社の中で売り上げが上がったとか下がったとか言いながら数字だけを見て毎日を過ごしている。現場を見ていないのだ。ユーザー要求が多様化したのは時代の流れだが、上司が部下に「技術者は現場を見に行け」と檄を飛ばしていたのは昔の話しであり、そう言われてきて偉くなった人たちが、今になって若いマネージャやエンジニアに「商品が使われている現場を見に行け」となぜ言わないのかさっぱり分からない。

さて、ZACKYさんお尋ねのペルソナ法だが、自分の認識では具体的に存在するユーザー像(例えば、東京に住んでいる女子高生など)のプロフィールを定義し、そのユーザーならどんな機能や性能、サービスを欲するだろうかと考えるやり方だと思う。

これは昔のベテランエンジニアならば誰でもやっていたことだ。自分達の製品が使われている現場に行きどんな風に使われているのがじっと観察する。そして、いくつかの現場を見てもっともポピュラーなユーザー像(ペルソナ)を自分の中で想像し、そのユーザーが一番使いやすいと思われる商品を開発する。

ところが、ユーザーの要求が多様化したためエンジニアが想像するユーザー像が欲すると思われる機能や性能、サービスが必ずしもユーザー要求の総意ではなくなってきた。だから、何を作るにしても想定したユーザー像をエンジニアの頭の中の想像にとどめずに、明示しておく必要がでてきた。これがペルソナ法が確立されてきた背景だと思う。なぜ、明示しておく必要があるのか。それは、あるユーザー像を想定した造った商品が売れなかったら、それは想定したユーザー像が間違っていたと考え、より大きな層のユーザー像(ペルソナ)にシフトするための検証材料に使うからだ。

場合によっては、複数のペルソナを想定してそれらの要求に応じて商品の味付けが変わるような工夫をするとよいのかもしれないが、よくよく考えて作らないと、機能満載の使いにくい機械ができあがってしまう。

商品を使うユーザー像を想定するという話しは、トヨタ自動車の新社長 豊田章男氏が「前経営陣までの拡大路線について、前経営陣までの拡大路線について、身の丈を超えていた」と反省し、「今後は地域に合った商品構成に改めるべく、日本、北米、新興国など地域ごとに販売車種を絞り込む」という新戦略を示し、「国内では広告・市場調査を担う新会社を10年初めにも設立し、消費者の要望や販売現場の意見を、新車開発や生産に反映させる」と語ったことと符合する。

要求が多様化したので、地域によって異なる要求(ペルソナ)別に商品を変えるということだ。何でもかんでも機能を突っ込めばよいと考える時代は終わった。しかし、逆に想定したユーザー像が間違っていたときの傷も大きくなるので、そこは長い年月の間に商品をモデルチェンジしながら、その時代に最適なユーザー像(ペルソナ)を軌道修正していく必要がある。

これまで組込みソフトの世界でこの作業は、商品が使われる現場、パフォーマンスや制約条件、デバイスの特長などの知り尽くしたアーキテクトが担ってきたが、今後はマーケッターやユーザーインタフェースの分析者とともに共同で分析し、分析した結果を目に見える形で残していかなければならない。

P.S.

日科技連のソフトウェア品質研究会でユーザビリティをずっと研究しているグループがある。2006年度の研究論文に『ターゲットユーザを明確にするためのペルソナ手法の実践と課題抽出』というのがあるので参考にしていただきたい。それと、組込みプレス vol.8 で紹介したQFD 品質機能展開も使えるのではないだろうか。「顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする」というのは具体的には、さまざまな顧客の要求や、市場環境や、他社状況や、ステークホルダの好みなどに優先度付けし、最終的には想定したユーザーへの価値が最大になる点を見つけることだと思う。そのためには QFD が有効だと感じる。

http://www.juse.or.jp/software/study_data2006_4.html
http://gihyo.jp/magazine/kumikomi/archive/2007/vol8