ISO 26262との向き合い方 (5) 機能安全のマネジメント1

ISO 26262 に関するアンケートで 「 お金や工数がどれくらいかかるか知りたい。」に5票入っていた。そこで、インターネットでいろいろ調べてみたら、アメリカの KVA という会社が ISO 26262 のトレーニングのオーダーシートを公開しており、そこに金額が書かれているのを見つけた。(KVA のサイトURL http://www.kvausa.com

↓オーダーシートのURL はこちら
http://www.kvausa.com/sg_userfiles/kVA_ISO26262_Training_Registration_2011_10.pdf

1日目は機能安全マネージメントトレーニングで、2日目、3日目はシステム&ハードウェア実装、4日目がソフトウェア実装となっている。全部合わせると約30万円、一番下の行にある FSCAEとは Functional Safety Certified Automotive Engineer の略で、この会社が独自に設定した認定資格のことのようだ。この認定資格の試験を入れると総額で約37万円となる。

さて、日本のこのブログの読者の多くが、この価格を高いと感じたと思う。しかし、自分はそれほど驚かない。なぜかというと医療機器の世界でもアメリカでトレーニングを受けようとするとこれくらいの金額が要求されるからだ。

ここでよく考えて欲しい。欧米では安全や信頼はルール/責任、システム/ツール で確保するのだ。一方、日本では品質を心配する意識の強さが安全や信頼の実現に貢献している。しつこいようだが今一度『USとJapanの文化の違いと商品品質との関係』の記事を読み返して欲しい。

欧米では組織内のルール/責任に対する力が強いので、このようなトレーニングを受ける者は教育資格を根拠に組織内で責任と権限を持つ。そして資格を持ったものがトレーニングで得た知識と権限を使って、作業者へ指導をする。機能安全の要求実現に関しては資格保有者が上、作業者が下になる。組織で階層構造ができている場合に有効なアプローチだ。セーフティマネジメントのマネージャは規格の要求事項ができていないと判断したときには是正を要求できる権限を組織から与えられているし、是正を要求された方も粛々と実施する。しかし、定時になればきっちり帰る。後ろめたさはない。問題が発生したのはシステムがきちんと回っていなかったからであり、作業者の資質ではない。スキルが足らないのなら、追加のトレーニングを行う義務は組織にある。このような、是正の指摘を自分の失敗や恥じだとは思わない、考えない階層構造の組織において、品質システムはうまく機能する。

だからこそ、責任を任される者はその責任と権限に見合った知識、スキルを持っていないと上と下から「お前は能力がないから辞めろ」とか「あの上司は能力がないから辞めさせてくれ」と言われるし、逆に実績を積むことができればよりサラリーの高い組織に転職することも可能だ。だからこそ、アメリカではトレーニングに参加する者の知識を習得しようとする意気込みや真剣さが半端じゃない。分からないことは決してそのままにして帰らない。日本人がセミナーに参加する態度とは雲泥の差だ。

自分は日本でやられているほとんどのセミナーは受講者が話を聞くだけの一方的なものが多く、できるようになるまで徹底的にやる「トレーニング」ではないと思っている。トレーニングはできるようになるまでやるからこのように高いのだ。トレーニングする側の能力が低ければ客足はすぐに途絶える。それなり価値と知識やスキルを身につけさせられるという自信がなければ、これだけの金額にはできないだろう。

一方で外資系でも無料のセミナーはある。こういう場合は、その裏側にものすごく高いコンサルテーションやツールの購入を勧めるセールスが含まれていると考えた方がよい。ものすごく高いというのは、例えば1日コンサルテーションしてもらうと30万円とか、ライセンス一本あたり100万円のツールのことだ。このような費用が日本の会社の中で認められるかどうかは、組織上位層の人たちが安全や信頼を実現するための規格適合費用としてそれ相当の金(数百万円から数千万円)を支払う決心をしたときだけだ。日本のエンジニアがタダで安全や信頼を実現できている状況では認められるわけがない。

さて、欧米に比べて日本では役職の違いがありながら、特に技術分野ではフラットに近い組織構造になっており、また、マネージャーがマネージメントだけでなくエンジニアリングもやっていたりする。だから、プロジェクト内のマネージャやマネージャに指名されたベテラン技術者一人が上記のようなトレーニングを受けて、プロジェクトメンバーに「これに従え」と指示を出してもうまくいかないと思う。日本のエンジニアは「なぜ」「なんのために」について納得しないと動かない。逆に根拠も理解せずに今までのやり方を変えてしまうようなら非常に危ない。

日本の技術者はこのような縛りがなくても高い品質のハードウェア、ソフトウェアをアウトプットできる非常に珍しい人種だと感じる。たいしてトレーニングに費用をかけなくても高品質の製品を作ることができる。だからこそ、経営者はトレーニングに上記のようなお金がかかることについてなかなか理解を示さないと思う。

実際、日本では ISO 26262 の要求を社内ルールに取り込んでガイドラインを作り、そのガイドライン通りにものづくりをさせることで、形式的に規格要求を満たしたように見せるという作戦をとるだろうと予測する。いい悪いは別にして、説明責任を果たすためには、まずはそうするしかないのだ。欧米のように、一部の精鋭に資格を取らせて、そのリーダーの権限でヒエラルキーの組織構造の中で規格適合を推し進めるというやり方ではなく、関係者全員が一定の組織内ガイダンスにしたがうことで、降りかかってきた危機に対して全員でフラットに乗り切るという方法だ。

このやり方は下手をするとすぐに形骸化する。規格要求を理解せずにアウトプットドキュメントを形式的にそろえることが目的になりやすい。

このブログの特集では欧米流のやり方はうまくいかないということを見越した上で、マネージャもエンジニアもみんな同じ目線でエンドユーザーの安全を確保するために、自分たちが何をし、また、諸外国の人々に自分たちが作った成果物の安全性や信頼性をどのように主張したらよいのかを解説し、活動が形骸化せずに安全という最終目的を達成できることを目指している。

日本の製造業の会社でソフトウェアエンジニア出身の品質保証担当という人にはなかなかお目にかかることがない。電気や機械の出身であったり、純粋に品質畑で上に上がってきた人が多いように感じる。その人たちに、ISO 26262 のソフトウェア開発の要求部分を指導させるには、相当無理がある。だからといって、ソフトウェアQAのような部門、担当を急遽作って勉強させ、権限を与えるのもフラットな組織構造ではうまくいくような気がしない。ソフトウェアの規格適合の部分を外部に丸投げすると、さんざんかき回され、規格の認定を受けているというツールを買わされ、ぐちゃぐちゃになる危険性がある。ルール/責任が明確化されており、システム/ツールを使いこなすのが上手なところでうまくいった方法をそのままテーラリングもせずに日本で実践しようとしても失敗するだけだと思う。

そうならないためには、日本人がアウトプットする成果物の品質がなぜ高く、ルール/責任、システム/ツールを駆使している欧米製品の品質が日本の製品の品質に追いつけていないのはなぜかについて、自分たちの中に答えを持っている必要があると強く思う。その確信がないと、欧米流を受け入れても実質的な安全や信頼は向上しない。

この命題に対する答えのヒントとして言えることが一つあると思う。それは、上記のことはスタンドアロン製品には当てはまるかもしれないが、ネットワーク接続するような製品、複数の機能を組み合わせないと要求を実現できないような製品ではたぶん成り立たないという点だ。

ようするに、特定のエンジニアが商品や商品群全体を見渡すことができ、商品のライフサイクル(開発開始から市場になくなるまで)全体に渡って関わる、責任を持つことができる場合は日本の商品の品質は高いが、他部門や他社のコンポーネントを組み合わせないと商品の重要な機能を動かすことができないようなケースでは、その限りではないということだ。

自動車で言えば、機能と性能が責務分割できていたこれまでは品質を高く維持できてきたが、今後、それらがクロスオーバーしないとユーザーの要求を満たせなくなってくると、それまでのやり方では予測できない不具合に悩まされることになるということだ。そのために、ISO 26262 を使う必要があり、これまでの日本のエンジニアの良さ、高品質を実現できる能力を低下させないようにしながら、ISO 26262 の要求のよいところを吸収していく必要があると思っている。

【ISO 26262-2:2011 Part 2: Management of functional safety】

さて、用語の定義の邦訳はもうしばらくまっていただくとして、今回は ISO 26262-2:2011 Part 2: Management of functional safety の解説に入っていきたいと思う。

以下が Management of functional safety:機能安全のマネジメントのパートの目次で、「5 セーフティマネジメントの要求」「6 コンセプトフェーズと製品開発間のセーフティマネジメント」「7 製造のためのアイテムリリース後のセーフティマネジメント」が3つの大きな柱となっている。

ISO 26262-2:2011 Part 2: Management of functional safety は、セーフティマネジメント全体に対する要求であり、こういったところはエンジニアには苦手な分野で、品質保証担当や製品開発のプロセスをマネジメントするような人が得意なところだ。

※この後の記事は元のブログサイトをお読みください。(表を掲載しているため)